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No.565 7月12日(日) “子どものため”とは?

地図屋
地図屋

いらっしゃいませ 地図屋でございます。

本日は2026年7月12日(日)道標日記No.565です。 ご来店ありがとうございます。

先週の道標日記で、今さらですがドラマの“逃げ恥”にハマり、そこから“なぜ今は必死に生きなくなったのでしょう”というWonder“問い”について綴らせていただきました。今回はその続きをと思っていたのですが、今週もいろいろとありましたので、やはり、衝動があるうち、鉄が熱いうちに綴り残しておかないと、冷めてしまったり、忘れていってしまうなぁと反省。Wonderは次回へ。といっても綴らないままあ終わりそうな私ですが、とりあえず今回は今週の出来事を綴っておきます。

 今週はある講演会がありました。これ海外の保育・幼児教育研究者の方を招いて行われました。内容は控えさせていただきますが、私はどこか懐かしさを感じていました。研究者の講演は通訳者の方が日本語にして伝えてくれたのですが、それがニュージーランドでのことを思い出させてくれて、あの頃の思いが蘇るものでした。もちろん、講演内容も今の日本の保育に、いや、先進国という生き急いでいる国での保育教育に示唆、そして危惧を与えていただけるものでした。

 懐かしさの後に、何か不快さを感じている私がいました。「なんかモヤモヤするのだけど、これは・・・」

 いつもと違う雰囲気の研究会。そして、私の知らない雰囲気をまとった保育者の方々に違和感がありました。それは講演会の後半で明らかになっていきました。

 講演会が終わると、突然、主催者の園長先生の話が始まりました。これは聞いていなかったので(もしかしたら事前に知らせてあったかもしれませんが)拍子抜けをしました。「なんの話?」。感じたのは「私のパイプのおかげでこの研究者の方を呼ぶことが出来ました」的な内容に感じました。これは私の感覚です。小さい自分の僻みですね。

 そして、その主催者の保育現場の実践発表も突然おこなわれました。これまレジメにはなかったなぁ。研究者の内容と合わせようとしているけど、何か後付け感があって、お膳立てのように感じました。うーん、器の小さい自分。

 そして、違和感に違和感を重ね、モヤモヤしているところに確信がきました。最後にこの会の長が締めの挨拶のため、壇上に立ったのですが、それは知っている方でした。私が以前、見学にいった園の理事長でした。詳しくは🗺️Wonder Journey 【 今の保育への問い 】で。そしてこの講演会のあり方に“納得”してしまったのです。

 理事長の挨拶の後、全員の前で研究者の方のプレゼントが渡されました。どこかパフォーマンス的なところに興醒めしましたし、研究者の方も「なんでこんな無駄なことばかりするのだろう?」という表情をしていたように感じました。小さい私の想像です。

 講演会が終わると、主催者、発表者、そして理事長の関係者がズラッと集まっていて、「もう、すごかったです!!最高でした」の、どこか内輪的な雰囲気にうんざりしました。自分って本当に小さいと思います。

 せっかくの貴重な講演会だったのに残念な気持ちで会場を後にしました。でも、そこからいろいろ考えることがあり、それを一つひとつ書くと、また長くなるので箇条書きで綴って残します。

・これが今の保育の多くの現状。社会的で大人の世界。大人同士が自分の自己実現のために保育が利用され、子どもはどこか置いてかれ続けている。

・講演会全体の在り方は、自分がニュージーランドの旅でのありかたと似ている。その時は違和感を持たなかったが、もしかしたら内輪的で、不快に感じた人もいるかもしれない。

・講演会での研究者の内容は、私はすでに知っている。これは日本の保育の中にもあるし、あったものだし、やはり子どもにとって大切なものだと。しかし、大切だと言われ続けているのに、それから離れ続けているこの現状はなぜなんだろうという問い。

 今のところ以上になります。こんなことを綴っていますが、このことについて“直接”話あう機会がないことにズルさを感じています。しかし残しておかないと、問いや気づき、大切なことはどんどん忘れていってしまうので、今の私のもてることばで残したいと思い綴りました。このサイトはそのための場でもあると思っています。

 もう保育は子どものためのものではない

 そんなふうに思っていたのが、また一歩そちらに進んでしまったような感覚です。だから、子どものための“なにか”をもうやりなければならない。それは保育でも教育でもないかもしれない。そんな、まだ言語化されていないものが私の中にあります。今回はここまでで一度締めさせていただきます。

 

 逃げ恥で感じたことの続きを書こうと思いましたが、今回は講演会でのWonder問いを綴らさせていただきました。この週は、猟友会のことも進展があったり、父との山歩という機会もあり、内容の濃い1週間でした。そんな中で講演会のことを一番に書きたかったので綴らせていただきました。後で読み返した時に、この1週間のことを思い出せるようにここにメモとして残しておきます。これは日記なので😌

さて いつも通り挨拶が長くなりました。いつもお付き合いいただきありがとうございます。

今回の道標日記は

✏️Wisdom Log 【 東出昌大 × 関野吉晴・伊沢正名 】 その⑤

を紹介させていただいております。

私の習慣が、皆さまの夢のお手伝いになれば幸いです。

夢への地図を描くお店 World Map 5 🗺 どうぞ ゆっくりしていってくださいね😌

✏️Wisdom Log 【 東出昌大 × 関野吉晴・伊沢正名 】 その⑤

✏️今回のWisdom Log (知恵の記録)は、ReHacQ SP【 東出昌大 × 関野吉晴・伊沢正名 】の対談を綴らせていただき、そして、保育者である私が保育の中でもつ、問い“Wonder”とつなげ、学びと最善の保育への旅を深めていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

地図屋
地図屋
✏️Wisdom Log 【 東出昌大 × 関野吉晴・伊沢正名 】

・後世に地球を残すために

東出さん
東出さん

東出昌大さん

 いま猟師をやっているんです。狩猟は猟期しかできないんですけど、それ以外の間は駆除の依頼が行政とか自治体から来て、JRからの駆除依頼というのがありまして、JRがシカを轢くから頭数を減らしてくださいって。それで、私たちは大義名分をもらってシカを殺すんですけど、やっぱり殺されたシカたちが全部食べられるわけじゃないからほとんどが埋設処理か、化石燃料を使って焼却処分なんです。

 それが法律に乗っとれば山の中から死体を持ってこなければいけないんだけど、もし人間が手を下さないで自然死すれば、それは地球上にとっての有益なたんぱく質になって循環するのに、JRの通勤で遅れることができない人のためにシカを駆除してください、という経済合理性を取るときに、シカをぶち殺している人間を考えると、何が害獣だと思うんですよ。

ただ、やっぱり経済合理性の中で我々の世代は豊さを希求しているんですけど。

 同時、今、私は半自給自足、半農半X、半分でお金を稼いでそんなにお金に頼らないけど、農業や狩猟をやりながら生活している。ただ、この生活をみんながやりだしたら一瞬で山ははげ山になるし、一瞬で野生動物はいなくなると思うんです。ただ、私たちの30代・40代・50代が、子どもの世代、孫の世代に何かを残さねばというか、もともとあった地球環境を残さねばという意識を持った視聴者は多くいる。

 先輩たちの世代からみて、私たちの世代がまずすべきこと、一つに野糞があると思うんですけど、都市部の日常の中で実践できる後世に地球を残すためという方法論でいうとどういうことを具体的にやっていけば良いでしょう?

Mapさん
Mapさん

関野吉晴さん

「足るを知る」というのを僕は「ほどほどに」と言っているんですけど、「ほどほどに」って何かっていうと、実は今、地球を壊しているのとか他の生き物を殺している原因は、多分、欲望だと思っているんです。ただ、欲望というのは人が生きる軽力でもあるわけですよ。だけど、僕が問題にしているのは肥大した欲望なんですよ。「ほどほどに」という言葉が「もっともっと」なんですよ。だから、本当に今は広告代理店の影響もあるけれど、「こんな良いものがある」「こんな便利になる」と宣伝して、本当は黙っていれば欲しがらないの何かそそられると買っちゃう。。次々に消費していくということが起こってくる。

 その肥大した欲望を抑えるというか、まさに「足るを知る」が今必要だと思っていて、それが「ほどほどに」なんですよね。

伊沢正名さん

 確かに欲は必要ですよね。私がさっき言った連続野糞記録も欲望なんですけど。人間は幸せを求めて生きていると思うんです。いかに幸せになるかって。それをお金とか物で見ている人はいっぱいいますよね。

 でも、私の場合はそうじゃない。何に幸せを感じるか、喜びを感じるか。それは自分の生き方をやり遂げたときの喜び、自己充足感なんですよね。その充足感をお金で得る人もいれば、物で得る人もいる。私みたいに野糞の回数で得る人もいるわけです。だからね、何に向き合うかだと思うんです。しかもね、今は資本主義だっていうと、物とお金ですよね。価値がそっちにいってる。私はそうではなくて、この映画の目的でもある孫の世代とか次の世代にどうするか。後の世代にも良い環境を残したい。そういう人たちに幸せに生きてほしい。温暖化などでどんどんひどくなっているこの環境をもっと良い環境して気持ちよく過ごしたい。それも全部欲望ですよね。だからどこに欲望を求めるかですよ。

Mapさん
Mapさん

関野吉晴さん

 僕が言ってるのは物質的欲望なんですよ。僕がよく「ほどほどに」ってことを大切にしようって言ってると、「関野さん自身がほどほどにじゃない。あれやりたいこれやりたいって。」って言われるんですよ。けれど、それは物質的欲望じゃないんですよ。あの山に登りたいとか、こういうことを知りたいとか。それは自然を壊してないんですよ。僕が言っているのは「もっともっと」を抑えなきゃいけないのは、あくまでも経済的物質的な欲望なんですよね。

 ある仏教研究者がある数式を書いたんですよ。幸福=財産/欲望なんです。

 東洋人は分母の欲望を減らすことで幸福を求めた。西洋人は財を増やすことによって欲望を求めた。というんです。ある程度は当たってるかなって。欲望を減らせば幸福が大きくなりますよね。僕はそれを言っていて、その欲望はあくまでも物質的な欲望なんです。分子の財を求めるのではない欲望は良い。あそこ行きたい、恋をしたい、本を読みたい、音楽を聴きたいとか。そういう欲望はいくらあってもいいんですが、ただ問題なのはお金がもっと欲しいとか、もっと便利な生活をしたいとか。それが肥大しちゃうと困るんですよね。

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地図屋
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地図屋
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本日もご来店ありがとうございました。

毎日が皆様にとって素敵な日になりますように

それでは

Have a nice dream day.🎫✈️

またのご来店をお待ちしております

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