No.554 最後まで貼り付け済み あとは推敲とカットとアイキャッチと前後の挨拶と他の記事

いらっしゃいませ 地図屋でございます。
私は毎日“耳強”をしております。“ながら”勉強できる耳勉強は最高の自己投資です💪😊✨
今回は Youtubeチャンネル 5年後の世界 さんの
▶️【 “人間の弱体化” 】からの学びを綴らせていただきます。
日々、子どもとむき会う私。その中で、文明の進歩は“子ども”にとってどうなのか?、そんな“問い”があり、今回の耳勉強がなにかヒントになるような気がしました。
今回の動画は、角幡唯介さんと芸人・永野さんとの対談になりますので、チャット風に綴っていきます。前回の角幡唯介さんと東出昌大さんの耳勉強もぜひご覧ください😌👂
👂耳勉強 【 人間の弱体化 】 角幡唯介さん×芸人・永野さん

耳勉強 ▶️5年後の世界 【 人間の弱体化 】
極限を知ること探検家に問う・・・文明はどこまで人間を弱くするのか?
・1日中「日が昇らない極夜」に挑む理由

なんでそこまでして過酷な旅をするんですか?

生きる手応えが欲しいんですよ。生きてる自分を確認したいというのが根底にあって。
学生時代からそういうのがあって、最初はやっぱりスケールの大きなことはできなくて、山登りみたいなところから始めたんです。
身体が擦り切れるほど使い切った感覚みたいなのが生きてる実感だと思うんです。やっぱり危ない目にも遭いましたし、危険に近付いて生きて帰ってきた時の“手応え”みたいなものには深いものがあって、どんどんハードな方へハードな方へ求めていくようになっていったんだと思います。

理想で究極追い込むのはわかるけど、でも、たとえば身体を動かした後にみんなうまいものを食ったりすることがあるじゃないですか? だけど、北極行くことって本当の究極だなぁ、と思って。わかりやすいご褒美みたいなものがないじゃないですか?

わかりやすいご褒美といえ馬、それは狩りに成功して新鮮な肉が手に入った時は、もうこんなに興奮するのかっていうぐらい生きる喜びが爆発しますよ。犬もウワー!!って。「やったーーー!!」みたいになるんです。

いやぁ すごいなぁ。普通、大体、「極限まで身体絞って」って言って、いい飯と酒飲んでる人を見て、「お前、そのご褒美のためかい」って冷める時があるけれど、もうその全然向こうというか、本当の野生でありエクスタシーですね。
そんな過酷な旅を通して、身体や気持ち、心に変化ってあったんですか?

それはあんまり気づかないけれど、あったと思いますね。
現代人との差、極地での「生きる」とは

過酷な旅を経験すると単純に怖いものって減りますか?
たとえば、現代人ってコミュニケーションで病んじゃうじゃないですか?「人が怖い」みたいな。野生に身を置くと、どういう精神状態なんだろうって。

多分、そういうのはあります。普通の人が気にするような細かいこととか、もうどうでもよくなってきちゃうんですよ。

てなると、そういう文明とか、たとえばスマホとかLINEとかもそんな得意ではない?

得意じゃないし、まず嫌いだし、、、。勝手に変わるじゃないですか。アップデートとか。ああいうのがイライラしちゃうんですよ。自分の意思とは別にどんどん出てきたり、アルゴリズムですすめてきたりとか。

今や街歩いている人とか歩きスマホしたり、電車の中とかでもボーッとしている人なんて少なくて、みんなスマホを見てる。そういう現代であって、それによって退化したことあります?

いろんな能力が落ちると思います。まず、自分で考えて何かを作り出す想像力、簡単にいうと“知恵”ですよね。やっぱりイヌイットの連中なんかと付き合ってると、知恵がすごいんですね。もともと、資源の少ないところで限られた材料で道具を作って、そして非常に過酷な環境で暮らしてきた人たちだから、ありきたりのもので実用品作ったり、修理したりとか。
常識にもとらわれないし、僕らだと「これはこういうやり方で使うものだ」と使用目的が決まってしまっているんだけど、そういうののとらわれてない。もっと柔軟にいろんなものを使ったり、知恵で物事を解決していく。そういう能力が現代人は落ちていっているんじゃないかと思う。自分の力で解決していく能力は落ちますよね。

今は調べたら出てきますよね。解決方法とされるものが。

たとえば、大工仕事を知らない人が、目の前に道具だけあって自分の知恵だけで何かを作るより、その道の専門家がYoutubeで答えを提示しているわけだから、出来上がりはYoutube観たほうがいいに決まってくる。だけどやっぱり、自分で物事考えて労力使って作り上げたり、行動していくことが生きるってことがと思うんですよ。僕は、プロセスが生きる手応えみたいなもの生み出すと思っているので。

経験で得る知識と、なんとなく手軽に入る知識って違いますよねぇ。

僕はわざとGPSを使わないとか衛星電話使わないとか、なるべく文明の利器に頼らないでやるっていう方向でやってるんですけど。
たとえば、北極で引っ張るソリも自分で木で作ったんですよ。今、極地を旅する人は出来上がりのプラスチックのひっぱりやすいソリを使っているんです。なんでわざわざ木のソリを使っているかというと、ソリって本質的な道具で、自分の手で生み出して旅をする、その行為、自分が関わる割合が増えるって感じがするんですよ。自分のその旅に手応えを生んでいる。それが生きるってことだと思うんですよ。その辺のプロセスみたいなものをすごく大事にしているんです。

真実というか、生きるって手応えなのかなって、お話を聞いてて思ったんですけど、そうなると、AIとか進化していく中で人間ってどうなるんだろうって思ったんですよ?

人間ってやっぱり楽をしたがるから、生命原理みたいなものかもしれないんですけど、楽をして生産性だけを求めたら当然そのテクノロジーを使ったほうが生産性が上がると思います。上がるけれど、でも、その出来上がったものとさっき言ったような自分がどれだけ出来上がったものに関わっているかと考えると、テクノロジーがどうしても間に入っちゃうと自分で手を使ってやっているわけじゃないから生産されたものとの関係が薄いですよね。だから、つまんないと思います。
現代社会で手応えを感じる方法とは?

現代社会は効率は良くなったけど手応えとか全くないのでは。なかなかもう難しいとは思うんですけど、今の現代社会で手応えを得る方法ってどうすればいいんだろうと思うんですけど。

なんかテクノロジーから本当にちょっとでいいので試しに距離を置いてみたりしただけで、結構感覚が変わったりすると思うんですよね。
僕はその旅先で、自然の中や山の中を旅する時はGPSを使わなかったりするんですよ。カーナビは昔は使ったりしてたんですよ。地図で運転しようとしてたらもう間違うわけですよ。そうすると隣にいるうちのカミさんが我慢できずにiPhone置いたりして「これみろ」みたいな感じで。だけど、地図だけで運転してると必死で外の状況を読み取ろうとするんですよ。そうすると、五感みたいなのが戻ってきて、「多分あっちだな」とか、わかってきたりするんですよ。だから本当にそれだけで、眠ってた感覚が戻ってきたりすると思うんですよ。

なんかそこのアドリブ力というか、もう全部マニュアルでいると、そりゃ弱くなりますよね。

もう完全に任せちゃうと、持って生まれた身体能力や能力が使われずに眠ったまんまになるから、それって結構もったいないような気がするんですよ。

本とかは結構読まれるんですか?

もう活字中毒で、インターネットでの情報検索ってほぼしないんですよね。するとしても天気予報とか乗換案内、メール、あとちょっとSNSを1、2個やってるからそれらのチェックですね。知識と言われたら、オールドメディアと言われる本や新聞とかですかね。
誰でもインターネットやスマホで大量の情報が手に入るじゃないですか?あれって結構、“能力”だなぁと思って。僕はみんながやれないことをやってるんだろうけど、それはこの社会では全く必要のないものとされてるから。そう思うと現代社会だと生きづらさがあって、イヌイットの人たちと一緒にいるほうが居心地がいんですよね。感覚がおんなじだから。
システムの外側にいる男 角幡唯介が思う5年後の世界

番組のテーマでもあるんですけど、テクノロジーが進化していく現代のなかで、5年後の現代人はどうなっていくと思いますか?

なんか人間性みたいなのってどこにあるのかなぁっていうのは思いますよね。
なんか便利になるってことは、時間をかけなくてもいい、労力をかけなくてもいい、それで結果が出るのが便利とされている。でも、時間をかけて、労力をかけて自分で判断してアウトプットするってことが、たぶん、生きることだと思うんですよ。だから、あんまり便利になりすぎて、時間もない、労力もない、それこそ生成AIが出てきて、感性みたいなのも譲り渡しちゃって、じゃあ、果たしてどこに人間性があるの?ってなっちゃいますよね。
あとすごく平均化していくんじゃないですかね。人間が平均化していって、コンピューターの中で答えを検索してアウトプットしてたら、当然、みんなおんなじことをするようになるから、個性が無くなってきて、これが当たり前になった時代に生まれた子供とか、違和感なく受け入れると思うんですよ。
僕の世代だったら「なんか変だな」「そういうのって変だな」って思うけど、そういう感覚も変わってくるから、それでいいやってなってくると思う。僕はそうなるのがイヤだから、そっち側には行かないように楽しんで生きていきたいんで時代から距離を置いてるわけですよ。そうすると、そっち側からの人からは役に立たない人間に思われる。

キャンプ地に行くと、みんな都内から車できて、キャンプ地の区画があって、それは果たして野生なのかって僕でも思う時がありますもん。すごい守られた状況で「何がキャンプだ」って思います。平均化のつまらなさってありますよね。

テントとかもすごいですもんね。でも、平均化の中にいると居心地はいいのかもしれないですね。みんなおんなじで安心感とか。おそらく、みんな今欲してるのは“ハズレがない”っていうことじゃないかなって。ハズレのなさの安心感みたいなのが、どんどん大きくなって、いろんなところがフラットになっているのかなって気がしてますけどね。


耳勉強 ▶️5年後の世界 【 人間の弱体化 】

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今回の対談を受けて
人間の弱体化は保育者の弱体化


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