
いらっしゃいませ 地図屋でございます。
本日は2025年3月15日(土)道標日記No.499です。 ご来店ありがとうございます。
キャリアブレイク2年生の私です。最近、退職してもう2年経つのかと感慨深くなっております。
退職して、お金については不安に感じることはありましたが、それ以外は本当に充実した、幸せな日々でした。産休も育休もとったことのない私は、ずっと全力で働き続けてきました。そんな私が退職して、こんなに家族と関わる時間が持てたことが何よりの幸せでした。
そして、これまで自分が全力で向き合ってきた保育から一歩も二歩も下がって、客観的に見て学ぶことができた2年でもありました。この2年の間にニュージーランドで働く夢を叶えるつもりでした。しかし、実際にニュージーランドに行き、現実を、そして自分の実力を突きつけられ、私のニュージーランドに行きたい夢は“保留”となりました。
全く後悔していない自分がいます。それはこの2年間で得たものが多かったからです。本当にキャリアブレイクしてよかったとも思っています。
自分の中でキャリアブレイクは2年と決めていました。そして4月からはスタートになります。この年が勝負の年になると思っています。じっくりと、しっかりと歩む一年にします。
また気持ちがたかぶって長文になりそうなので、ここまでにいたしまして😅
今回の道標日記は
☕️よりみち 【 ハワイで楽天モバイルを使ってみた 2024 ② 】
🗺️My Wonder journey 【 保育者がいない幸せ 】
を紹介させていただいております。
私の習慣が、皆さまの夢のお手伝いになれば幸いです。
夢への地図を描くお店 World Map 5 🗺 どうぞ ゆっくりしていってくださいね😌
☕️よりみち 【 ハワイで楽天モバイルを使ってみた 2024 ② 】

☕️今回のよりみちでは、2024年にハワイで楽天モバイルを使用してみた地図屋さんの体験談を綴らせていただきます。これから海外旅行、海外で楽天モバイルを使ってみようと思っている方のお役に立てれば幸いです。
1、つながらない!?着いてすぐのピンチ

2023年のニュージーランドの旅に続き、2024年のハワイ旅でも楽天もバイルを使用することにしました。
ホノルルマラソンが行われる前々日である12月6日(金)の朝にハワイに到着しました。無事入国審査が終わり、ハワイの地に足を踏み入れ、さっそく楽天モバイルを接続しようとしましたが、
「あれ!?つながらない!!??なんで」
焦りました💦何度やってもつながらないのです😓ニュージーランドのでもできたし、と油断していたのがいけなかったのです。設定方法の予習をしていなかったのでどうしたら良いかわかりません。インターネットにつながってもないので調べることもできません💦ニュージーランドでは空港のWi-Fiにつなぐことができたので、ハワイもできるだろうと持っていたのですが、Wi-Fiも届かない場所だったのでもうどうしようもありませんでした。他の家族のキャリアは自動切り替えだったので、慌てているのは私だけでした😭
しかし落ち着いてみてみると
「あれ?この番号、、、」
つないでいる番号をよく見ると、去年にニュージーランド旅で使った楽天のeSIMでした。もちろん回線は繋がっていませんが、以前使っていた番号?として残っていたようで、他にあったもう一つのeSIMにつなぐと
📶‼️
アンテナが立ちました。やったーーーーーー!!
よかったーー😭 これで無事ポケモンGOができる😌 (なんでやねん)
やっと安心できたのか。空港に入るとその国のにおいがすることに気づいた私でした😅🌴🌺




次回は 🪧【2、設定ミス 2日目で容量が!?】をお送りします😌

🗺️My Wonder journey 【 保育者がいない幸せ 】

こちらは旅する保育者としての私が、日々の保育や学びのなかで生まれた“不思議”“問い”をつづる場にしたいと思い始めました。常に問いとそれを探求する思いを持ち、保育者として成長し続けたいです。
今回は、【 保育者がいない幸せ 】での 生まれたWonderです。
自分はなぜ保育者になりたかったのか、なったのか考えた日がありました。“子どもと遊んでお金がもらえるなら”と思っていたこともありました。そう。私は“保育”に対してものすごく失礼だったのです。
若い時に保育士資格を取るために大学に行きましたが、「講義に出て、単位をとって卒業すれば資格がもらえる」とぐらいしか思っていなかったので、生半可な気持ちで保育者を目指し、勉強していました。そういう生き方が“普通”だと思っていたのです。
保育士として就職し、働き続けるうちに保育者の“専門性”“重要さ”に気づいていくのです。そして、この保育というものに誇りを持つようになりました。私のような人ばかりではないです。保育者という仕事に強い責任感とその役割を持って保育者になった人はいます。

では、なぜ私のような“保育者”が生まれてしまったのでしょう。もちろん私の“育ち”もあると思いますが、社会的要因も必ずしもないとはいえないのでしょうか。それは、保育士の社会的地位とこの社会構造にあると思います。
保育士の給料は一般職業に比べてかなり安く、そして昔は“保母”と言われていたように、女の人の仕事だと思われていました。私が保育園に通っていた時も先生は女性のみでした。時代とともに、国家資格となり、保育士と呼ばれるようになりましたが、それでも変わりにくい根強いものがあると感じます。
社会的構造の面でいうと、資格を取れば保育士になれ、そして就職すれば定年まで働ける、ということです。就職できれば、勉強しなくても、自分を更新しなくても、働き続けられるし、生きていけるということです。これが保育に対して失礼な、私のような保育者が生まれることになったのではないかと考えました。

私は今、通信制大学に通い、改めて幼児教育を学んでいます。これはもっと勉強したいと自分で意を決して入学したことなので、勉強への取り組み方、熱意が以前の大学時代とはちがっていることを自分でも感じています。だからでしょうか、この学びから得られる“責任感”も強く感じている自分がいます。そして、このような熱意や責任感を持って保育者になること、これこそが必要なのだ、とも感じました。この思いを持って保育者にならなかった自分に反省したきっかけにもなったのです。
そして、タイトルに戻るのです。“保育者がいない幸せ”に。もっと保育者の社会的地位が認められ、私のように安易な気持ちで保育者になるものがいなくなり、保育者の社会的役割と責任を承知の上で保育者になる人が増えてほしいと思います。そのためには男女の賃金差、ジェンダーバイアス、定年退職制度、そして文化など、たくさんの課題と向かい、抗っていかないといけません。
そうなることが、子どもの幸せにつながるのではないでしょうか。
長文になったのでここまでにしますが、“保育者がいない幸せ”については違う面からも考えることもあるので、そちらはまたの機会にしたいと思います。



本日もご来店ありがとうございました。
毎日が皆様にとって素敵な日になりますように
それでは
Have a nice dream day.🎫✈️
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