いらっしゃいませ 地図屋でございます。
本日は2025年1月6日(月)道標日記No.484です。 ご来店ありがとうございます。
今日から仕事初めの方も多いのではないでしょうか。私は一足はやく4日が仕事初めでしたので、ウオーミングアップ済みです👍
初仕事は土曜日だったこともあり、のんびりスタートではありました。余裕もあったこともあり、久しぶりに尊敬する上司とゆっくりと話す時間がありました。今年度の振り返りであったり、これからの事業展開などなど。語り合う中で懐かしさと夢を描く喜びがありました😌
あと、来年の雇用形態についても話しをしました。来年度の通信制大学生であることや、家族のライフスタイルの変化などの考え、今年もよりも仕事の時間を伸ばさせて欲しいと希望しました。それを考慮してくれる上司には感謝しています。
同時に、面談の中で感じたのは“必要感”です。自分が必要なくなってきたのを感じました。それは、世代交代や育成のために私が望んでいたことでもあるのですが、その場が近づいてきたのを感じました。今はなんとも複雑な心持ちです。少しずつ気持ちの整理をしていくと思います。
そう考えた時、この一年が大きな転機の年になると考えています。今年で通信制大学を卒業し、大学院に行くとともに、お金がもっと必要になるので働き方も変えようと考えています。そのために再活のような1年になると思います。こびを売るわけではないですが、今の自分を必要としてくれるところにどんどん関わって行こうと考えています。復職するかもしれませんし、起業するかもしれませんし、それはまだ抽象的ですが
研究しつつ、働き続け、そして旅ができる
こんなわがままプランだけはあります😅でもこれが退職して2年間で私が描いた私の好きなものが詰まった夢なのです。これを言葉にする、書くだけで気持ちが高まってきます。
旅する保育者 これを叶えます。これが私の夢なのです。
1月は夢を描きやすい時期です。そのフレッシュスタートで描けた夢です。皆さまもこの正月でやりたいこと、やめたいこと、叶えたい夢を描いたりしたのではないでしょうか。仕事が始まり、忙しくなると夢は忘れられていきます。私も描いた夢に、今すぐ行動するようにしています。皆さまも、せっかく描いた夢です!夢が薄れる前にぜひ行動に移していきましょう!
今年も皆さまにとって、私にとって夢を叶える、描き続ける1年になりますように😌
さて
今回の道標日記は
🪧道標 【 夢への地図を描く 】
🏖️ 旅日記 【 地図屋のハワイ旅日記 ⑦ 】
を紹介させていただいております。
私の習慣が、皆さまの夢のお手伝いになれば幸いです。
夢への地図を描くお店 World Map 5 🗺 どうぞ ゆっくりしていってくださいね😌
🪧道標 【 夢への地図を描く 】
🪧夢への地図を描く
はじまりの時期は、自分と向き合え、頭の中に地図が開かれ、そこにたくさんの夢が描かれる。それがあなたから生まれた本当にやりたいこと。でもそれは下書きであり、薄いもの。
せっかく描いた夢は、現実という消しゴムで消されやすい。
だから何度も何度もなぞり、その夢を濃くしていき、描き広げていかなければならない。
今描いた夢は今しかない。濃くできるのはあなただけだ。
地図屋
🏖️ 旅日記 【 地図屋のハワイ旅日記 ⑦ 】
このコーナーでは、ハワイ旅行に行った地図屋さんの旅日記を綴らせていただきます。この旅で地図屋さんの“えたモノ”が皆さまのお手伝いになれば幸いです。
Day2-9 歴史に触れる
海に一日中入り続けた2日目。早めのお風呂に入って、本日のサンセットをみようとホテルを出るとたくさんの人だかり😳
明日がホノルルマラソンなので、その前夜祭?サンセットを見送ったと思ったら、その後にものすごいバイクの音が聞こえてきました。カラカウア・アベニュー通りにパレードがやってきたのです。
たくさんのいかちぃバイクの行列に通りの両側の人たちが歓声をあげ、同じように興奮して声を上げてしまいました🏍️💪「前夜祭から盛り上がってるな😳ホノルルマラソン最高!!」
しかし、バイクが通過した後のパレードの様子をみてわかりました。これはパールハーバーメモリアルパレードだったのです。真珠湾攻撃が1941年12月7日で、今年のホノルルマラソンの開催日が12月8日だったので、この時期にハワイに来ていたからこそみることができたのです。
2024年のパールハーバーメモリアルパレードの様子はConey’s RV LIFEチャンネルさんの動画がありました。パレードの全貌を見ることができます。私も次回は必ずパールハーバに行かせていただきます。
途端に、対象をみる自分の感情が変わったのを感じました。でも、否定や怒りは微塵もありません。この日のことを認識していなかったぐらいの私ですから。語弊なくいうと、“反省”の感情ではないのです。そこまで歴史を知っているわけでもなく、そして、“戦争”を知らないのでしょう。それを恥ずかしく思いはします。
周りをみると、確かに日本人はまさしく“なんとも言えない”表情をしていることに気がつきました。私がそのパレードをみて、モヤモヤせずにハッキリと思ったことは、“戦争がないように”との思いでしょうか。
そのパレードをみて“敗戦国”ということは正直浮かびました。それは憎しみのような感情もまったくはありません。ただ、その場への居づらさを感じました。
私の知人が、観光でパールハーバーを訪れた時に、「なぜここに日本人が・・」という視線、というか空気を感じたという話を聞いたことがあります。それはその人の主観であり、別になにかがあったわけでもないです。
私も似たような“感覚”を感じたのかもしれません。みんなが参加できるホノルルマラソンから、一気に外に出された感覚になったのも、“今の私”だから感じたものだと思います。
パールハーバーについても、このメモリアルパレードについても、知らなすぎなのです。無知は失礼である、それは強く感じました。帰国して、この記事を書く上でも、調べてみたり、映画を観たりしている自分がいました。
ホノルルマラソンにはたくさんの人が参加していました。国も年齢も参加の仕方もちがう多様な人々が。私ははじめてホノルルマラソンに参加しましたが、その“多様性”を心地よく感じました。だからこそ、様々な歴史をもつこのハワイの地でホノルルマラソンがある意味を知りたくなりました。
今回の出来事は、もしかしたらこの旅で1番の“自分へのお土産”なったかもしれません。
学んでいきます。これからも。
今回の記事に関連するものはコチラ🫱
キャリーケースをした道標はこちら紹🫱 道標日記 🪧No.471
本日もご来店ありがとうございました。
毎日が皆様にとって素敵な日になりますように
それでは
Have a nice dream day.🎫✈️
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