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🗺️私が40代で退職した理由 

地図屋
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いらっしゃいませ 地図屋でございます。

 2023年から管理職を退職し、通信制大学に通うことになった地図屋です。今回はそんな私が“なぜ退職したのか” その理由を綴らせていただきます。

私の経験や習慣が、皆さまの夢のお手伝いになれば幸いです。

夢への地図を描くお店 World Map 5 🗺 どうぞ ゆっくりしていってくださいね😌

管理職を退職した理由

 私は今の職場で中間管理職を務めてきました。大卒で就職し、在職中は異動もありましたが、職歴の半分を管理職の席につきました。

 30代の半分以上、管理職を務めさせてもらい、もちろん苦労もありましたが、憧れとなる人たちとの出会いや、責任のある業務新しいプロジェクトの立ち上げなど一定の業績を残すことができたりと多くの達成感を得ました。そして、仲間にも職場にもめぐまれていたことに本当に感謝しています。

 上司に退職の相談をした時には、引き止められ、さらに上の管理職の席も用意すると言ってもいただいていたので、周りからみても出世コースを歩んでいたのだと思います。

 しかし、私は退職をしました。今は、これまでの業務の引き継ぎと、人材育成という立場で今の職場にパートとして残りました。

 そんな私が退職した理由は3つあります。

1、夢である海外で働くために通信大学で資格を取るため

2、自分の成長の限界

3、変えられないという限界を職場と日本に感じた

ここからは退職の理由を1つずつ綴らせていただきます

その1、夢である海外で働きたい 通信大学で資格を取る

 職歴の半分を管理職を務め、仲間にも恵まれ、出世コースを歩んでいた私がなぜ退職したのか。その理由の1つ目が

夢である海外で働くために通信大学で資格を取るため です

私は、学生の時からずっと海外で働きたいと思っていました。一度、海外で働くチャンスがあったのですが、その時はタイミング勇気が噛み合わず断念しました。

 それからも、研修旅行やプライベートで海外にいくことがありましたが、“海外で働きたい”思いは心に残り続けていました。

 そんな思いを持ち続けていた昨年、🇳🇿ニュージーランドに住む人(メンター)と知り合ったのです。

 その人は、まさしく私が望んでいて道を歩んでいる人でした。

憧れ以上に、ものすごく羨ましく、強烈に嫉妬しました。

 その時に、自分の中にやっぱり“海外で働きたい”夢があることに気づけました。

 私は、そのメンターと何度もやり取りをし、ニュージランドで働くために必要なものを教えてもらいました。

1、大卒の資格

2、IELTSスコア7.0

この2つが私がニュージランドで働くためのチケットです。

そうとわかれば、

善は急げ!いつやるか?今でしょ!人は何者にでもなれるいつからでも!今日がいちばん若い日!

 この熱意を持って家族と職場に相談し、退職することを決めました。今は大卒の資格をとることに集中し、サブで英語学習も進めています。

 海外で働くために通信制大学に通う  これが1つ目の退職理由です。

その2自分の成長の限界

 2つ目が、自分の成長の限界を感じたからです

 私は本当に恵まれていました。天職と思えるほどの仕事に出会え、周りの人に恵まれ続け、自分でも人望があったと思えるほどでした。もちろん誰にも負けないような努力をしてきましたが、そのめぐまれた環境が私の力をさらに引き上げてくれたのが大きいです。

 私は職場で一目置かれる特別な存在になっていきました。もう、自分のやりたい仕事ができ、やりたいプロジェクトを立ち上げられる力を持っていました。

 誰もが私の言うことを信じてくれ、私に決断を求めてくるようになりました。「地図屋さん、どうします?」「地図屋さん決めてください」

 これにゾッとしたのです

 このままこの職場で働き続けたら、誰もが私の言うままに動き、私は自分のやりたいことばかりやって、独裁的な人間になってしまう、と感じたからです。

 それは一方で、自分が努力してきた証でもあり、仲間から信頼されているからこそとも言えるかもしれません。でもこの心地よさの中にいたら、甘えてしまい、自分は成長することをやめてしまうのではないかと思いました

 だから、この管理職の席を、次の世代に譲る決断をしました。

 私は管理職になったことで、憧れの人たちに会え、何よりも自分が大きく成長したことを実感し、この仕事こそ自分の天職だと思えることができました。定年退職までこのポジションであり続けたいとさえ思っていました

 しかし、職場のこれからのこと考えたとき、自分がこの席をこだわり続けること、仲間も、組織も育たないと思いました。

 だから上司の管理職を辞めたいと告げました。これが2つ目の理由です。

その3、変えられない、変わりにくい現実

  最後の理由が

 職場と、この日本に変えられない限界を感じたからです。

・今の日本に我慢し続けられない

 私の職場のことは詳しくはお伝えできませんが、人と人が関わるコミュニティとなる場所であり、人には欠かせない機会と場所を提供する場でもあります。それは地域だけでなく、国や市からも必要性が求められている場所でもあります。

 しかし、この不景気続きで、経営に対するお金も削られるようになりました。これは今の日本全体に言えることなので、仕方がないと言えばそうかもしれません。

 さらに、コロナによりそれを痛感させられました。どれだけ良い商品、良いプロジェクトを立ち上げても、ルールや拘束されるものが多く、受け身の毎日を過ごしていました。新たなチャレンジができない、もうこの国にそれを実現する力がないと思いました

 「いつか景気は良くなる」 もうそう言えない状況に日本は来ています。この国が変わるのは10年以上先かかるかもしれません。変わるとしても、この国の歴史を見たとき、戦争、震災、コロナなど何か大きな損失と等価交換しないと、変われないほどにこの国は難しいと感じますし、そんな悲しい現実にはなってほしくありません

・職場に感じた限界

 2つ目の理由の中にも書きましたが、管理職だった私が、その少ない席に座り続けることは、組織や仲間の成長のためにはなりません。

 私はそのまま働き続けたら、誰よりも努力する自信がありました。さらに上の管理職に就くことも思い描いていました。

 しかし、私より上の上司たちは、“受け身の働き方”をしていたのです。もちろん私の上司は皆、私以上の努力や実績を積んできて、その役職についた人ばかりです

 しかし、その役職についた途端、チャレンジもできない、しにくい立場になり、私にとっては楽しそうに見えません。中には、病気を患い、命を落とす人さえいました。

 私はずっとチャレンジを続けたいのです。

 そして輝かしい実績を持った人たちばかりが現場から離れていってしまい、現場には力のないものだけが残る現実にも違和感を感じていました。実力のある人が現場からいなくなることで、組織の全てが衰退してしまう。これは色々な場面に当てはまることかもしれませんね。

 日本の働き方である、年功序列、定年退職が大きく尾を引いていると感じています。スキルアップとしなくても、定年まで働き続けられると言うシステムと幻想が人を成長させなくなりました。

・変えられないのなら、自分を変える

この日本ならではの働き方を変えるために努力することは、何かもったいない感じました。そこには変えられない自分のなさへの悔しさでもあります。だから変えられないものよりも、変えられることに力を注ぎたいのです。

 自分を飛び越えて成長さえ、変える力をつけようと考えました。

決して受け身ではなく、チャレンジし続ける自分

そのために海外でスキルアップするために退職を決意しました。

まとめ 終わりに

 以上、私が管理職を退職した理由を綴らせていただきました。

 私と同じように、今の職場や、この日本に限界を感じられておられる方、自分を成長させたい方、海外を目指そうとしている方同士がいると思います。

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一緒に 自分を成長させて 夢を叶えましょう!!

地図屋
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本日もご来店ありがとうございました。

毎日が皆様にとって素敵な日になりますように

それでは

Have a nice dream day.🎫✈️

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